Column

戎橋プランタンとタワー・ハウス

2008.08

戎橋プランタン(Ebisubashi Printemps Café 1965 Murano Togo)とタワー・ハウス

 心斎橋周辺は、最も店舗の入れ替わりの早い繁華街で、3年もすれば、雰囲気が変わってしまう程の場所である。そんな中で、村野藤吾による心斎橋と戎橋に2軒のプランタンは、奇跡的に残されていた大阪の老舗のカフェであった。戎橋プランタンは、白プランタンと呼び、私が20〜30代の始め頃は居場所にしていたし、待ち合わせは、いつもここだった。私の最もなじみ深い村野建築である。
 その頃は、内外共にやや白クリームの一色であったが、その後、外観がダークグレー(写真)に塗られ、いつの間にか90年代に解体されてしまった。お気に入りの居場所を亡くし寂しくもあり、また、誰もが気楽に楽しめた名建築を失い誠に残念である。当時の駆け出しの私にとっては、生きた教本と成った建築であった。その外観、インテリアから、階段、家具、建具やタイルの割など些細なデティールに至るまでの、建築家のデザインに対する姿勢と心使いを示してくれた建築である。そして、建築の空間やデティールは、視覚を超えて身体性を伴うものであるということを示してくれたと思う。階段のアクリルの手スリ感触、低めの蹴上げとふみ面の踏み出しの足の馴染み、壁の小波型のプラスターパネルの肌触り、鉄筋と藤ばりの椅子など、その手触りの身体的な感覚は今も忘れていない。更には、良い建築の見本として、デザインが新鮮でありながら気取らず、そして、空間の優しさと品があることと語りかけるのである。意識的、無意識的に最も影響を受けた建築である。以前、ヘルシンキで尋ねたアアルトのアカデミアブックショップとカフェ・アールトでも、このプランタンと同じような居心地の良い空間であると思った。プランタンのファサードの外壁は、カーテンウォール方式の大開口硝子サッシュとフラットな壁面を、6mm厚の鉄板と隅はパイプ材を切断し加工され仕上げられていた。
 タワー・ハウスは、このプランタンと同じ空間を上層に伸ばし、外壁を鉄板で仕上げ、フラット面と丸みのある外観である。一階には、店舗と一階玄関から住宅の直通の階段があり、2階に寝室とサニタリー、最上階に高天井の居間を設け、更に、屋上利用も可能とし、コンパクトな直方体の箱に、断面の高低差を生かした空間ヴォリュームの操作で変化のある演出を試みた、店舗と住宅を組み合わせた建築である。そして、スチールシートによる架構と外壁の仕上げを一体にした壁面で全体を包み巻き込んでいる。
 これまで、既に数十軒のスチールシートによる建築を試みてきたが、戎橋プランタンは、スチールシートを使った建築に取り組み始めた頃に、その可能性を確信づけた、私のスチールシート建築の原風景である。