私が建築を学び始めたのは15才からである。高専の5年制の建築学科で、基礎的な建築のデザイン教育を受けた。卒業後社会に出て、5年程設計の実務を経験しながら、コンペや建築士の資格(1級)を持ち自身で設計行為を行なっていた。物足りなさから、79年から82年にかけて英国の大学に留学を決意し、再度教育機関に身を置いた。高専から実務をして大学院と、サンドイッチ方式で建築のデザインを学んだ。
留学先はイギリスのスコットランドにあるグラスゴー大学とグラスゴー美術学校である。建築学科は、マッキントッシ・スクール・オブ・アーキテクチュア(Mackintosh School of Architecture)と呼ばれている。特に先生方の紹介でもなく、C,R,Mackintosh を以前から研究し大学を特に選んだ訳でもなく、自然に決まってしまったのである。留学先を探していた時に、ブリティッシュ.カウンセールでたまたま眼に止まったのが始まりである。建築史を学んだ者であれば誰でもC,R,Mackintosh は知っているであろうし、グラスゴー美術学校の建物も知っているはずである。惹かれるものはあったにしても、知り得る知識はその程度であった。
大学の教育内容やシステムについては、全く皆無に近く、実際に身を置くまで知るすべもなかった。例えば、建築学科はグラスゴー美術学校とグラスゴー大学の美術学部の両校に属するという特殊ケースで、建築の学生達は登録はグラスゴー大学にされアート・スクールの施設を使いその環境のなかで、建築を学んでいる。私自身、グラスゴー美術学校と入学手続のやり取りを始めたのだが、美術学校に送っても、グラスゴー大学から返事が戻ってくるまでそのしくみはわからなかった。また、イギリスの大学での建築教育の方法も随分と異なることがわかった。
本来、大学での建築教育は、建築家養成が念頭にある。簡単にその内容を述べると、イギリスでの建築家教育は、一般に7年制である。2年以上の設計実務経験と5年間を学校で学ぶのである。通常は1〜3年生までをディグリー・コースといい、それを終えると1年間設計の実務経験を積んだ後に、4〜5年生に戻りディプロマ・コースを学ぶ。その後再び1年間の実務経験の後、最後のRIBA審査によって建築家資格が与えられる。マッキントッシュ・スクールの場合だが、大学教育とRIBA(王立建築家協会)資格が併設している。大学卒業資格と同時にRIBA資格が与えられるため、各コースの卒業制作のジュリー(最終審査)にはRIBAの試験官による審査をパスしないと卒業にならない。しかし、ロンドンのA,Aスクール(Architectual Association Schoolof )の場合、建築家養成専門学校でRIBA資格は与えられるが大学資格とは別となる。RIBA資格を与えるために、パートⅠ、Ⅱ、Ⅲの3段階があり大学でディグリー、ディプロマの両コースを終えるとRIBAのパートⅠ、Ⅱが修了し、実務経験期間を終えパートⅢ審査を受ける。
さらに私が在籍していた大学院コースでは、通常ディプロマを修了し、設計経験者を対象として美術学部に属する為、修士課程の2年制で、その後に博士課程の3年制となる。この期間に論文をまとめあげればよく義務的な授業の拘束はなく全く自由であった。しかし、論文内容により担当教授の推薦と学部会議の承認があれば、修士課程修了から直接博士課程の3年に編入が認められる。私の場合も修士(M、L、H)から出発し、3年目で博士課程(R、H、D)に編入となり、幸運としか言えないがとんとん拍子で3年間で博士課程までを修了して学位を取得出来た。研究課題に対しては無論であるが、論文の内容が作成上の方法、その展開等個人の意志が尊重され、全てが自由であり学内施設、論議及び学術関係書への面会等、大学は望むあらゆる便宜を図ってくれる所であった。これまで、このような自由で放任的な教育を受けたことがなかった私には、マッキントッシュの論文をまとめるという漠然とした命題に対しどう対処し何から手をつければ良いかといったごく初歩的な問題が先行し自分なりの方向づけと方法を学ぶことに、この3年半の間は費やされ、このことは語学の苦手な私にとっても語学以上の問題であったと思う。英文文献を読みあさっても、当然ながら読解力及び量ではネイティブの学部の学生レベルにも程遠く、時には誤訳も避けられず、正確な理解を得る為には長時間を要し、到底間に合わないからである。こうした状況の中で最も有効に働いたのは、視覚的な能力であった。もともと歴史研究者よりも建築家志望の私には、マッキントッシュによるオリジナル図面の読み取り作業が最も興味をもてたし、その理解の点では正確かつ敏速に出来た。本来、建築家の欲求は作品及び図面上に直に表現されているものである。また、その時代の問題意識や実際的な制約、計画を進める上の試行錯誤の痕跡がうかがえ、学ぶにつれ時間を超越し歴史的人物になったマッキントッシュがリアリティーのある生々しい存在となり、私には我々を取り巻く現代の建築界へ、諸問題や思想上での助言を与えてくれる物差しのような基準を同時に学んだと思う。マッキントッシュに関する多くの研究は、歴史的観点や家具デザイン、アーティストで捕えられ建築家として図面分析やデザイン分析など実際的な方向からの研究は少ない。
この図面の読み取り作業の発展から、建築図面を集中的にコンペ、プロジェクト、スケッチ、実施図面、そして当時義務づけられていたビルディングコントロールし行政に提出された申請図書に至るあらゆる方向から収集し、図面のカタログ集にまとめ、これがそのまま学位論文の第1部となりこれをデータベースに第2部ではマッキントッシュのデザイン分析を行ない、そのデザインの変遷や源泉を求め全体をまとめた。